啄ばむことも忘れて



 導入部に身勝手な女と気の弱すぎる男の陳腐なお話を据えたのは、より陳腐な、野良文鳥チェリーのお話の設定のため。きわめて打たれ弱い30男B介は、ドアノブに掛けたネクタイで座ったまま首を吊り自死を選ぶ。その前にチェリーを籠から出し窓を開ける。私は神仏や霊魂の存在を信じない性質だが、お話の中ではたっぷりと使い、B介の浮遊霊がチェリーの中に合体し、しゃべることはできないが人語を解する野良文鳥・桜を生み出すことにする。
 ポカ休を続けるB介のクレームに派遣会社の上司が訪れて遺体を発見し、ブルーシートに包まれて警察に運ばれ、事件性もないと判断されて運ばれた社会福祉系の施設で白い壷に納められ、仲のよくはなかった兄に永久供養の列に入れられB介は話からも去る。鳥の小脳に納められる意識の範囲だけ都合よく移されて。
 文吉、文治、文太と至らない管理で殺してしまったような、小さな文鳥たちをミックスした、架空野良文鳥・桜のお話がレクイエム。
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[ 2013/02/15 08:00 ] お話 | TB(0) | CM(2)

啄ばみも忘れて



 「今日で本当に最後にしよう」
 そう決意をくり返してからA子はB介にメールをした。折り返しでA子の携帯が鳴った。B介はすばやくキーを操作するのが面倒なのでメールは嫌がった。そのくせ電話は用件だけ。
 「しまってくれたの?」
 「うん!」
 「あと、なにか欲しいものある?」
 「ない」
 A子はコンビニで夕食ですとは言いにくいものをそろえると、B介の住んでいる古い賃貸マンションの階段を昇った。鍵は開けてくれていたので、そのままあがりこむこともできたが、いつもの常でA子はB介に訊ねる。
 「チェリーは?」
 「三畳」
 A子は荷物を降ろしながら、今日はと提げてきた紙袋を気づかれぬようにベッドの下に押し込んだ。中身はこれまでに貰ったプレゼント。開けもしなかった。
 「おれさあ、給料安いもんだから、これ・・・」
 最初の2,3回は贈り物をされる喜びをこれまでの男と同じように表現して見せたが、B介が別段それを望んでいるわけでもないのを知るとありがとうだけを云った。それにイベント事のあるたびに、言い訳をしながら手渡してくれる小さな包みがうっとうしくなっていた。開いてもいない。何個目からは中身の推測がついて、大方予想どおりっだったからだ。黙っておいて帰るつもり。小さな包ばかりだが数はある。金銭的価値はゼロに近い。
 A子はB介との関係を最初からセフレと考えている。三ヶ月の短期派遣スタッフとしてA子の職場に来たとき、別れた男の体温が恋しく思われる頃だったので誘いの言葉はA子からかけた。正解でこの男は自分から異性に声掛けすることなんてありはしないだろう。
 付き合ってあれこれ訊ねると、B介はその頃25の誕生日を半年も過ぎたA子より3歳年上だった。思惑の一つははずれたが別に何の支障もなかった。勝手にA子が思っていただけ。同じ年頃か、年下。
 三ヶ月の間に逢瀬の回数を増やした頃、B介は次の職場に移っていった。気兼ねなく会話をできるようになってA子はマンションを訪ねるようになった。
 「そのほうが安上がりでしょ。お金は今からでも大切にしておかなくちゃ。バブルの頃の人たちの感覚でいると酷いことになるわよ。国だの政府だの、頼みになんかならないからね!東北見てごらん!」
 そんな言動にB介は友人達にはA子を婚約者と触れ始めたようだが、A子の前では云わなかった。
 その日のことが終わって、着替えを済ませ、コンビニでしつらえたものを広げて缶ビールをあけ、それなりの負担をかけさせた喉にも慈雨を与えた。
 先に記したように、無口の類に近いA介との間に最初から言葉は多くはなかったが、男女の中になって、さらに口数は少なくなった。が、それも不都合なかった。
 TVの音が一瞬止んだとき、
 「あたし、もう来ないからね!」
 「・・・???・・・」
 え!、なんで?どうしてという言葉を発音したかったのだろうが、のどの奥のほうでつまってしまったとみえ、音声にはならなかった。口だけが開いている。
 「別にB介に飽きたとか厭になったとかじゃあないの。ただ、あたしってそういう女だなんておもってくれてもいいけど、ね。一年と三ヶ月か、あたしにとってB介が一番長かった人なのよ」
 突発性の発声不能状況に陥ったB介の変わりに、A子は一人でしゃべり続けていたようだが、気が付いた時には部屋の中には誰もいなかった。
 「どうせ見ていないんでしょ。TVも消しておくわよ」
 といいおいて部屋を出たらしいが、鍵を掛ける音がしてから30分程も経ってからようやく、B介のホワイトアウトが終了した。A子が去ってからも、身体は起きていたが、思考回路は大渋滞でパニック。
 その夜のA介は何をする気も失せ、布団にも横にならずうなだれたままで時を過ごし朝を迎えた。恐らくA子の最初の言葉を聴いたときから、脳の中では、A子への仮想質問とB介への自問が繰り返されていたはずだが、言葉にもならず、記憶にも書き込まれず、、空しい循環だけが無限回廊のように繰りかえされていた。それは今現在も光速宇宙艇のような速度で作動中のはずだ。
 文鳥のえさと水を取り替えてあげるのは忘れずにやった。派遣先の職場には急な発熱で動くことができないと休みの申請をした。一晩起きていたので声がしわがれている。職場の班長からはとげとげしい厭味の言葉が見舞い品として届けられたがもう何も聞こえない。
 一日膝を抱えていたらしい。トイレには行ったらしいが、それも憶えていない。チェリーは隣りの部屋から、かまってほしいらしく、切なげなさえずりの声を聞かせてくるが、どうしたことかマンションの騒音も戸外の車の音も、もう何も聞こえない!
[ 2013/02/14 14:09 ] お話 | TB(0) | CM(0)