牙王物語



 雨の日は外にも出られず、家の中で悪さをしでかすしかない。この家に荷物を運び込んだとき、棚に置き去りにしたままの本だの物品がある。遠慮がちに、少し整理でもしておこう。と、汚い本が出てきた。それでも、少年の日、羆の恐ろしさに夢見うなされながらも、興奮と感動で読み終えた思い出の本だ。この本は姉からのお下がり。姉は米軍施設に入寮して働いていた長兄から、中学入学時のプレゼントに貰ったもの。
 出版当時、ベストセラーになったのは後年知った。石川球太氏が漫画にしたとも記憶する。それよりも、これも後年、たしか戸川幸夫氏は、執念の西表山猫の生存確認をされたのでは。後できちんと調べてブログを書き換えよう。そのままだったり。
 本は兄弟で読みまわしたものであろう、カバーは無くなり、装丁は擦り切れている。そのように読まれる本は幸せであると思う。積読の私の書棚の本は、私が死ねば、ページに陽があたったことも無く消えていくのか?

  牙王物語 上下     著者  戸川幸夫
              昭和32年10月15日  初版印刷
              昭和32年10月20日  初版発行
              発行所 角川書店 
スポンサーサイト
[ 2012/10/03 17:46 ] 蔵書記録 | TB(0) | CM(4)

萬葉集



 雨の日だから、積んである本の中から何か取り上げてみる。色が茶色く変わりカバーが文字を見えなくしている。開けてみる。目次に赤鉛筆で印が点けてある。憶えて、諳んじることができるようになった歌に印をしたものだろう。多くはない。途中でやめたものか、飽きたものか、諦めたのか。なにせ、40年も昔のこと。興味は詩歌から、他の対象にと移ったものとしたが。じつは新しい人に出会うたびに、ものを知らな過ぎる自分におびえきってしまったものだから、のんびりと詩集を開いてるわけにもいかなくなった。
 就職してすぐに、鞄を持って附いて行った、北鎌倉の三上次男先生を私は知らなかった。部屋中に積み上げられた蔵書の踏み場の無い畳にちょんとすわり、先輩が事務手続きを進める間、所在無く背表紙の文字も読めない本を眺めていた。それからは好きな本だけ読むのはやめにしたのだが、詩歌はいまだ捨てられない。鄙びた歌を集めた書は特に。
 そういえば、千住明さんが万葉集をオペラにしているとか。みてみたいものだが、都は余りに遠い。こともないか。
 何処を遊んできたものか、あめがやんだ空から文治が降りてきて、部屋の戸を開けるようにピッと鳴いた。奥付は省いて、文治を手に迎えよう。
 
[ 2012/06/06 12:14 ] 蔵書記録 | TB(0) | CM(0)

死霊



 今日は強い雨が降っている。人は逝き、自分はまだ残っている。埴谷雄高は、高橋和巳がなくなったとき、たしか争議委員長を勤められたか。簡単なことも引き出しからずり落ちてゆく。造作の悪くなった記憶用の脳のケース。
 20代のはじめの頃に、友達から薦められた。題名が嫌いだった。装丁も含めて。「難解な本なんだぜ。まあ、形而上学小説だな。俺、読んだから貸してやるよ」読みきれなかったことが顔に書いてある背伸びしたがり屋だ。こちらも同じ年代。10代末から20代なんて、ぺダンチックがTシャツ着ているようなもんだ。
 買って読んだ。わからないのに読んだ。負けん気は、見栄の装いを好みたがる。「読んだよ。なかなか面白かったよ。寡作な作家なんだね」
 意味も何にもわからないのに、活字が天上を浮遊する。そんな本があと何十冊と、私の書架に転がっている。埴谷氏には、ずるずると律儀に八章までお付き合いした。閻魔様の寿命帳に名前が残っているうちに、見栄春君の買った本を、理解しながら読むことはできるだろうか。前頭連合野はイヤイヤをしているが。
 
 奥付省略       埴谷 雄高      講談社
[ 2012/05/22 11:31 ] 蔵書記録 | TB(1) | CM(0)