長い記事を書くと、妻も家族も目にしやしないから、ごくごく私の周辺雑感。長いこと人間の中で暮らすと、二三人は宮使えにはなじまず、絵かいてみたり、粘土こねくりまわしたり、楽器引いたり、文字を並べたりしながら、生きている知人もできる。私の友人レベルだから世の中に居場所を定められるわけでもなく、名刺表札は楽器製作工房だの造型スタジオを名乗るも借りている古いボロ倉庫に一人、妻もいなけりゃ弟子もなく、食うや食わずの老齢アルバイトをしている。それでも、そうした組合の中では評価しあえあって、有名ではないけれど、作品を並べられるほどにはなっているものもある。たまたま葉書をいただき、高円宮夫人が総裁だか会長だかの作品展に国立新美術館に行ってみたが、貧乏人の常で、街着普段着ででていられるわけもなく、具合が悪いと嘘をつき、外に逃げ出して、変わってしまった周辺を歩く。 実は、この後、長々と、幸楽や山王ホテル跡地のニュージャパン、議事堂周辺、三島事件の市谷から軍人会館が変わった九段会館、渋谷に行って税務署敷地の処刑地跡を、別個に回った時のメモを一つにまとめた個人回想の今日の日メモを書いたのですが、パソコン不調で、小水に立って保存した、ここだけ残して消去してしまいました。仕方なく、気力なく、今日は2・26の日だったよと北一輝も石原莞爾も、井上日招も田中智学も法華、あれ法華は信徒だったか門徒だったか、まあいいやニュージャパンと横井一族の呪いなど渋谷税務署の処刑地跡、全部消えてしまった!気力もなくして・・・
私は鳥が好きで、しかも、観察よりも愛玩することと食べること、だから昔はこのように鶏を飼い、こぼれた餌で野鳥を寄せていた。しかし、一人で暮らしていた娘が、猫を連れて家に戻り、ペット禁止のマンションからわたしがお猫様管理人となり追い出され、共には暮らし難い鶏は人にあげたり、袋の中に入れたりして始末をした。これが写真の思い出。以下、私のブログメモ。 動作終了までの残された時間が少ないのだから、ゆっくり好きな酒を呑みながら🐱をかまっていればいいのに、気になったことがあると調べたり考えたりする、昔からの癖が治らない。しかも、こどもの頃から記憶力は弱く、比べたことはないけれど、周りの子と比較すると直観力が早く、初等教育の段階では、簡単な問題への解答はできたのだが、その訓練段階を終えて、基礎能力の集約の上に思考を組み立てていく、という作業段階になると全く無能になってしまった。記憶量はメモリーのスペックはない。CPUは世界で一番ではなく、はるか下の方。直観力も世界が広がってみると、目端が利いてすぐに行動にうつせる人はゴマンといて、女神さまのご機嫌がいい限りお金持ちになっている。かろうじて働くことを一般要求される時間を過ぎると、優秀な人は死ぬまで働き続けさせられるのを尻目に、東京から安房の外れに逃げてきた。ヒトのための社会に奉仕するなんて嫌だ、との利己的な考え故。それなのに、法華経の本を開いても般若経をひも解いても般若心経をなぞっても、瞑想しても、ヒトの作り出したバベルの塔のような社会を、ブリューゲルの絵の中のゴミのようなうろつきヒトとなっている。しかもこの数年、退職前に買って、時間ができたらゆっくり読もう、たっぷりの時間に遊ぼうと買ってある幾冊もの本、若い時に活字を追ったけれど描き出されている社会を認識できずにいる世界をくくりなおそう、としたことがすべてできていない。老後の衰えた思考力では、登場人物の認識もできなければ、隠されている比喩や暗喩も読めないのだ。ドーキンスの遺伝子、ジョイスの世界、ヨーローパの流動する民族史の中でのキリスト教世界の構築と支配その衰退、隠され消されていった様々な土俗的なもの、同じように酔っ払いの中上健司が規模はともかく熊野の世界にみようとしたババアどもが支配とは別の次元で伝えた世界を探ろうとして死んでいったこと、四国の長江さんだって同じことを別な作業でやり続けている。賀茂さんや本居さん平田さんが異国から林の馬鹿どもが持ってきた思考を支配機構に組み入れることに反発して和学に道を開いたことだろうし、熊楠だって大英博物館でのコーカソイドたちの思考から離れるために田辺に引きこもってみたのだろうしなあ、あれ、やりたい思いのメモ書きなのに、違う方に行っている。とにかく、文字の日記を書くことを十数年前にやめたから、これが私の日記であり、買い物メモのような、やりたいことメモなのだ。ただ困っていることに、パソコンと同じで、まったくのメモリーや処理能力の不足があるのだ。それなのに、つい最近も、新しく俳句のプログラムをダウンロードなんかしてしまったから、さあ大変!の日々なのだ、あれ、数年前の体調不良は治っている?